2018年11月29日木曜日

私は友達の名前が読めるようになった

アラムさんに日本で再会して三ヶ月くらい経った頃、ハングルワンデーワンコインレッスンという1日だけの講座の告知をたまたま目にして、行ってみようと思い立った。会場は水道橋のYMCA。ここは韓国の拠点のような施設で、ここでは韓国語が学べたり、韓国人留学生が集って日本語を学んだり、日本に来た際に安く泊まれたりするような、そういう場所だった。恩師の口からも時々名前が出るのを聞いていて、実際に足を運んでみたことはなかったけれど、路地と人からもとても近く、存在だけはなんとなく感じ取っていた。

ハングルはまるでわからなかったし、読んでみようと思って気に留めたこともなかった。じっくり眺めてみたことすら、もちろんなかった。異質な印象も持っていた。中国語にはまだ親近感が持てた。漢字があるからだ。私たちも同じように日々漢字を使うし、なんせ中国語は眺めるだけである程度意味がつかめる。その中国と日本の間にある国、にもかかわらず韓国の文字はまるで記号の羅列のように見えて、取りつく島がないように思えた。とくによく見るㅇの形。あれがやけに訴えてくる。まったく意味のわからない形。その異様さから少し怖さも感じていた。

レッスン当日、YMCAのホテルのフロントのような一階をぬけ、エレベーターで三階に上がり窓口で受付を済ませて教室へ行くと、受講生は私と50代くらいの男性の二人だった。そこに女性の先生が現れ、レッスンが始まった。先生は在日韓国人。日本で生まれ育ち、大人になってから韓国語を学び始めた。それでも話せるようになるから大丈夫、と教えてくれた。
始めにすこしハングルの歴史を話し、それから言葉ひとつひとつを分解し、母音、子音と、パーツごとに音を確認して行く。ハングルは500年ほど前にあたらしく作られた言葉であること、科学的につくられていてその形は発音するときの喉の形や、舌の形を表していること。例えばよく目にするㅇは、のどの丸い形を表し、ㄴ(な行の子音)や、ㄱ(か行の子音)は発音するときの舌の形を表している。それらの子音にㅏあ ㅓお ㅣい などの母音がくっついて発音できる文字という形になっていく。아 は あ、이は い、といった具合だ。

すべての形と音を一通り確認し、発音し、最後にすこし単語を読んでみて、レッスンはおしまい。持ち物を片付けながら雑談しているときに、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
私は最近韓国の人と知り合って、そこからすごく韓国のことに興味が湧き始めたんですけど、その人の名前っていうのが、アラム・ジュンさんといって、私にはアラムがファーストネームなのか、ジュンがファーストネームなのか、いまだにわからないんです。
先生と受講生の男性は怪訝な顔をして、韓国の名前でそんな名前は聞いたことがない、と言った。それから男性の方が、もしかしたらそれはペンネームじゃないか? ペンネームだったらアラムさんというのはたまに聞くことがある。でもそれは架空の例えばアニメやなんかには出て来ても一般的に人にはつけない名前だけれど、なにかペンネームを持って活動している人ならありうる。
ああ、なるほどーと思った私は家に帰ってふっと思いつき、彼女にもらった名刺を引っ張り出して来て今日の授業でもらった発音表と並べて一文字一文字の発音を確認して行った。
정아람。
ㅈちゃ行の子音に母音のㅓお がついてㅇの子音で閉めてチョン。
喉の形のㅇ(無音)の子音に母音のㅏあ をつけて아ア、 ㄹら行の子音に母音のㅏあ をつけてㅁむ行の子音で閉めてラン。アラン。
チョン・アラン。
彼女はチョン・アランというんだ。
私は友達の名前が読めるようになったのだ。