しおかわ民(鶴崎正良)による詩集と小説を製本しました。
詩集の郵送販売を始めます。
ご希望の方はご連絡ください。
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しおかわ民 詩集『回想譚』
発行日 2016年1月11日
著者 しおかわ民(鶴崎正良)
編集 鶴崎いづみ
部数 50部
定価 1,000円
全98ページ
B6サイズ
〈郵送販売〉
一部1000円+送料
詳しくはメールにてお問い合わせください。
〈ここでも読めます〉
香川 |豊島 てしまのまど
「薔薇を捧ぐ」
「私試験のある日はパンツはいてないのよ」
おきゃんな瑞瑞しい美貌な女の虹の架け橋は
巨大なアーチの光芒を放ち
大空から紫色のトランクスをはいたボクサーが
パッヘルベルのカノンのリズムに乗って
七色の落下傘でゆっくりとおりてくる
あの男チャンプかしら
バラの花束を胸に抱いてあなたにあげる
蓮華の中の白骨 飛行機雲のはかなさ
化粧をおとして沐浴すれば
マリア マーガレットの清らかな響
ジャスミンの香りが目にしみてそして
ほらそこに
蛇使いの鼾が
「あるいは九月なのでは」
青空とぬれた蝙蝠傘
気違い女の厚化粧と猥らな仕草
造り酒屋のドラ息子の放蕩三昧
とうとう酒倉に火をつけた
女子体操選手のちらっと見える陰毛
マラソン選手のゴム長靴のスタイル
ボディービルダーの黒いパンツの盛り上り
深夜のミュージシャンの縄跳遊びと
そのキリコの絵のような影
菜の花が閉じてふきのとうのでれば
てんとう虫が黙って逆立ちをする
寒鮒釣りの物想いはアフタヌーンに
突然現われたヘリコプターの爆音に
美しい女生徒への想いを断ち切られたが
紅浮子と水面の反転する幻視が少し不安
一億光年の爺の登場はやけにえらぶって
婆の婚約指輪と干上った生理
蛇苺のアイスクリームはいかが
あたいはお爺んの石焼きいもよ芋なの
貝殻の海の耳は紺碧のエーゲ海の
アフロディテの恥部
ジーザスクライストの刺し傷とすね毛
ピエタの黒い血と泣きはらした悲しみで
マリアのぐちゃぐちゃ顔と鼻汁のたれ
裏切りの街と息を殺して生きるユダが
ダダイズムに走ったとの仮説を立てても
ブルトンやエルンストは
黄泉の国から再生はしない
ゴータマシッタルタのうんこの臭い
般若心経よりもむしろ般若湯
糞坊主の朝から酔っ払った
カラオケのような読経と木魚のリズム
またお説教という名のひまな漫談
お見合い写真のすれ傷
女は幾人もの男の味を知っている
三十路女の腋臭と淫靡なパンティから
はみでた黒々としたちぢれ毛
私は接吻の予感はするが後が怖い
落涙の薔薇 アドバルーンの哲学
貝汁の海水浴
海中ですましてシッコする別嬪さんの蛤の
罪と罰はラスコーリニコフの憂鬱症
九月
一夏の渚の思いでと
そこはかとない悲しみ
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しおかわ民 小説『幼年時代』
発行日 2016年1月11日
著者 しおかわ民(鶴崎正良)
編集 鶴崎いづみ
部数 15部
定価 1,000円
全64ページ
A5サイズ
〈完売〉
〈ここでも読めます〉
香川 |豊島 てしまのまど
1
正夫の断片的な記憶は古い家の土間の広い板張りに、激しい腹痛でうつ伏せになり、
「ばあちゃーん、腹の痛かー。」
と呼んでも誰も助けに来ず不安が募りシクシク泣いては、腹痛をこらえてころげ回っている場面から始まる。
彼の家の引き戸の横に水飲み用の茶色の瓶と柄杓が丸い板の蓋をかぶせて置いてあった。土間はひんやりとして右上に茶箪笥が、白い皿や徳利などを入れてあり透明なガラス戸がなめらかな光を放っていた。戸や窓はあけっぱなしで、外には青々とした稲の緑が鮮やかに少し見えて夏だったのかもしれない。家の中はしーんとしていた。奥には泥壁の部屋が一間だけあり、藁があちこちひび割れた白っぽい泥に塗り込まれて壁からむき出していた。茶色く古ぼけた畳は、へりもなく表はささくれ立っていた。家の中を見わたすと物も余りなく全体として正夫は、おぼろげではあるが広く感じられた。そのまま静寂な時が流れた。
どれくらい経ったろうか、彼の腹痛を一番初めに見つけたのは松、という肌の黒く肩幅の広い祖母だった。松は慌てて、
「正夫、どげんしたとか?」
「ばあちゃん、腹のいたくてたまらんばい。」
「ぬしは、何ば食べたつか?」
「何も食べとらん。」
「そりゃおかしかね。正夫、『正露丸』ば飲んどけ。水ば持って来るけんの。」
「うん。」
と、彼は、苦いその薬を飲んだ。祖母の松は優しい女だったが、その時の家族構成は正夫は、ほとんど覚えてない。その後の彼の幼い頃の記憶は、ぷっつりと消え去っている。凡そ激しい腹の痛みによってこの日の事のみが脳裏の一コマにきざみ込まれているのだろう。
正夫が少し成長してから見ると小さな我が家は北側にかなり傾いていたが、白っぽい灰色の板壁のおよそ下半分に緑色の苔がうっすらと生えていた。その壁に、丸太の古い材木のつっかい棒が五本くらい立て掛けてあった。しかも家の北側は陰気で、丸太に灰色の蛞蝓がぬるっとした艶を光らせていつも五匹くらいいたが、そいつを指で掴むといつまでも臭い粘液はとれず蛞蝓の動いた後はテラテラ光り気味悪かった。又赤く強そうな蟹をときどき見かけた。
正夫は五人兄妹の三男だが、家の事情があって彼の面倒を見てくれる人が誰もいなくて、三歳の頃から正夫は、幼稚園に預けられた。そんな幼い時の記憶は彼は、仄かに覚えているが不明瞭なものもある。
愉快な思い出がある。園では昼休みに昼寝の時間が決められていて園児たちは粗末な茣蓙を敷きすり切れた毛布をかむり寝かされた。すると幼稚園の中年の女先生が一人で見て回る時、隣の児童が先生の黒く長いスカートを、手でめくった。正夫もそれをまねてスカートを少し広げたら、その中の白いパンツに穴が二ヶ所くらい開いていて黒い毛が見えた。二人は、後でクスクス笑った。その先生の家もなんとなく貧しいんだろうと正夫は思った。嫌な事に幼稚園の二年目だったろうか彼は、Aという園児にしつこく腕や背中を抓られて、正夫は、
「母ちゃん、もう俺は幼稚園には行かんばい。」
と泣きポタポタ涙をながし地団駄を踏んで意地を通そうとしたが父(民二)が無理やり二軒隣の畳屋の前で、正夫をひょいと肩にかついで、
「こら正夫、ちゃんと行かやんとた。」
と怒鳴ったが彼は、手足をばたつかせて、
「俺は、もう幼稚園は行かん。」
と訳も言えず泣きながら、抵抗した。それを見て行く人もあり父は、しかたなく諦めた。彼は、これでAから逃れられると安心した。ついに彼は通園を止めて、その替わりに次兄が幼稚園へ行ったのを正夫は、ずっと後に知ることになった。
正夫の家族は、祖父母と両親に子供五人だ。長男(省二)は、祖父定一の宝物であり次兄の正樹は松が可愛がった。正夫の二つ年下の四男の弟は可愛く、虚弱体質で底翳に罹り失明しないかと母がとても心配した訳で、一番下の妹は初めての女の子で、父と母が溺愛して正夫のみがいらん者のようだった。
幼い頃に食べ過ぎてはよく引き付けをおこした正夫は、いつも叔母や従姉から、
「ぬしはみたみなか」
とからかわれ侮蔑を受けたが、彼の面倒を見てくれる者が誰もいなかった。それは、家業が瓦焼きで両親とも朝から働いており、手が離せないという事情で正夫は、父の従兄の良雄の妻キミに預けられ彼女の背中で育った。後に分かったがキミは、若い頃柳川の赤線で売春婦をしていた、という事を彼は誰からか聞いた。正夫は、キミに盲愛された。彼女の家は、村中の清い流れの前の小さなものであったが屋内はうす暗く広さなど個別の細部の位置など正夫は、ほとんど脳裏に残るものはなく夢現つである。記憶が黒いベールに覆われている風に感じられる。
ある晩、彼はキミと一緒の蒲団の中で、糞をした。
「おばさん。まりかぶった。」
「よかよか。」
とキミは正夫の尻を、ぬるま湯にひたした手拭いでふいてくれた。
「もうよかか?」
「うん。」
ついでに彼は、夜尿症だった。
別の夜中、キミと亭主が何かしているのをねむい眼をこすりながら寝惚けたまま、正夫はそんなものを見た気がし感じた。暗闇の中で二人が抱き合っている姿が、シルエットになって見えたが彼は、すぐに眠ってしまった。正夫には、その事が何のことか不可解だった。
彼女は夕方になると
「正夫。風呂に行こか。」
「うん。」
とキミの背中におんぶされ又は歩いてタオルと石鹸と洗面器を持って共同風呂にいつも行くのだった。風呂は、混浴でたいてい爺さんたちの話声が大きくて賑やかだった。若い女の尻は桃色だった。
「正夫。」
「なんね。」
「後ろば向かんね。背中ばこするけん。」
「うん。」
「頭も石鹸で洗うけん。」
「おばさん。」
「どうかしたつか?」
「目に、石鹸の入らんごつしてね。」
「心配せんでよか。」
とキミは彼の体、全部を慈しむように洗った。彼女は共同風呂からあがると
「風呂に入ると風が涼しく気持ちのよかね。」
といつも、言った。
※
しおかわ民とは、画家・鶴崎正良のペンネーム。家の前を流れるしおかわ(村人による呼び名。北原白秋詩集『思ひ出』には、鹹川とある。正式名称は沖端川)と、正良の父・民夫からとられている。
鶴崎正良
1950年福岡県柳川市三橋町生まれ。佐賀大学教育学部特設美術科卒業。生家にアトリエを構え、高校の美術教師をする傍ら、油絵を描き続ける。受賞、グループ展、個展、数回。現在無所属。最近では、しおかわ民として詩や小説の制作もおこなう。
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